ある谷九人妻風俗嬢の過去

谷九で人妻風俗嬢として働く私は、昔は目標もありました。新体操の全国大会やオリンピックという目標がある分中学のときよりも練習は過酷です。合宿などでは朝から晩まで一日中リボンを使った演技を繰り返すということもあり、ときとして新体操のマットを見るのが嫌になるくらい自分を追い込んでいました。ただそんなつらい練習にも「姉や妹と違って才能のない私は頑張るしかない。それで母に認めてもらいたい」という一心で耐え忍びます。高校3年になった私はオリンピックの選考会も兼ねた大会への出場を決めます。そのときは両親や姉妹も喜んでくれ、家族みんなが私の応援に駆けつけてくれたのです。私にとって家族の中での私の存在価値を示す大会でもあり、それとともにつらく苦しい練習が報われる大会。私にとって一世一代の大舞台になるはずの大会は、苦い記憶を残すだけのものとなりました。大会当日に極度の緊張で腹痛を起こし、その痛みは演技直前になってもひくことはありませんでした。それを忘れようと演技に集中しましたが、投げたリボンを落とし、演技中に何度も転んでしまうなど終始精彩をかいた私は出場選手中最下位の結果に終わります。情けなさに泣きじゃくる私に対し母は「あなたは普通に生きなさい」と一言。私には「あなたは私の娘失格です」と聞こえ、それが私の人生に大きく影を落とすことになったのです。

この後色んな経験をして社会人として会社で働きました。その職場で元旦那と知り合い、1年ほど勤務して結婚のために仕事を辞めてしまいます。そのときは年上で優しく頼りがいのある旦那を支えたいという思いから、専業主婦になることを決め彼に尽くしてきたのです。今思えば大学時代の恋人と結婚しても良かったかもしれません。そんな私は現在シングルマザーとして2人の子供を育てながら、派遣の事務と人妻風俗店で働く日々を過ごしています。皮肉なことに専業主婦として尽くしてきた旦那と別れた後、学生時代に思い描いたように仕事中心の毎日を送っています。でも学生時代に男性からアプローチをされていた頃とあまり変わらない外見、学生時代の様々な習い事と勤務経験は今の仕事に活かされているのです。そのため谷九の人妻風俗嬢としてある程度の収入を得ることができているのかもしれません。